伊藤記念財団賞Award

概要と最新の受賞者

食肉に関する学術上の研究に優れた業績が認められ、将来の活躍が期待される研究者に伊藤記念財団賞を授与します。
本年度は8月1日~10月31日まで、第9回伊藤記念財団賞の受賞者について募集を行い、選考委員会において選考を行い、理事会において受賞者を決定します。
受賞者には賞状及び研究奨励金200万円を授与します。
詳しくはこちら。

第8回伊藤記念財団賞受賞者

受賞者及び所属機関等 対象となった業績の課題名
山田 知哉
農研機構 西日本農業研究センター
上級研究員
肥育牛におけるアディポジェネシス制御機構の解明に関する研究
鍋西 久
北里大学獣医学部動物資源科学科
准教授
家畜に及ぼす熱環境の影響評価と対策技術の開発ならびに畜産分野へのICT導入に関する研究
竹之山 愼一
南九州大学健康栄養学部 教授
機能性に基づいた食肉の付加価値向上および持続可能な食肉生産に関する研究

第8回伊藤記念財団賞受賞者 業績概要

氏 名 山田 知哉
所属機関・職名 農研機構 西日本農業研究センター・上級研究員
業績の課題名 肥育牛におけるアディポジェネシス制御機構の解明に関する研究

業績の概要(受賞理由)

脂肪組織が成長する一連の過程は、「アディポジェネシス」と総称される。肉牛では蓄積部位によって脂肪の経済価値が大きく異なることから、ウシ品種や給与飼料の特性に応じた牛肉生産を考える場合において、蓄積部位別に脂肪組織成長能力を的確に把握することが重要となってくる。しかし、脂肪部位別のアディポジェネシス制御機構の詳細に関しては、ヒトや実験動物を含めこれまで不明であった。受賞者は研究代表者として6件の伊藤記念財団研究助成金採択を受けて、肥育牛におけるアディポジェネシス制御機構の解明に関する一連の研究を実施し、以下の成果を上げた。
(1) 脂肪細胞分化制御因子が肥育牛のアディポジェネシスに及ぼす影響
脂肪細胞分化制御因子が肥育牛のアディポジェネシスに及ぼす影響を検討した結果、肥育の進行に伴い脂肪細胞における分化促進因子C/EBPファミリーの発現が増加することを見いだした。また脂肪蓄積能力の高い黒毛和種は、C/EBPファミリーの発現がホルスタイン種より高いことを明らかにした。給与飼料の影響を検討した結果、租飼料多給区と比較し、濃厚飼料多給区ではC/EBPファミリーの発現が増加していることを見いだした。さらに脂肪蓄積部位によって分化制御因子の発現量が異なっており、発現量と脂肪細胞の肥大化間に相関があることを明らかにした。
(2) 免疫細胞が肥育牛のアディポジェネシスに及ぼす影響
免疫細胞が肥育牛のアディポジェネシスに及ぼす影響を検討した結果、内臓脂肪では皮下脂肪より免疫細胞浸潤が増加しており、組織の炎症や老化が進行していること、細胞老化促進因子であるp53遺伝子が脂肪組織の炎症や老化を制御していることを明らかにした。さらに、ウシ品種差の影響を検討した結果、黒毛和種では内臓脂肪における組織の炎症並びに組織老化がホルスタイン種より亢進しており、内臓脂肪への免疫細胞浸潤亢進にともなって内臓脂肪での脂肪蓄積能力が低下し、余剰エネルギー蓄積部位が筋肉内脂肪部位に遷移する新たな筋肉内脂肪の蓄積制御機構を見いだした。
(3) メタボロミクス解析を活用した肥育牛のアディポジェネシス制御機構の研究
メタボロミクス解析は、これまで主に医学分野において、疾病特異的なバイオマーカーの同定を目的として用いられてきた。そこで、肥育牛の筋肉内脂肪蓄積能力に関連するバイオマーカーを同定するため、筋肉内脂肪蓄積能力の大きく異なる黒毛和種とホルスタイン種肥育牛を用いて、血漿および筋肉内脂肪細胞のメタボロミクス解析を実施した。その結果、脂質合成や脂肪酸代謝およびグルコース代謝等に影響している代謝産物を、肥育牛の筋肉内脂肪蓄積能力に関連する血中および脂肪細胞中のバイオマーカーとして同定することに初めて成功した。


氏 名 鍋西 久
所属機関・職名 北里大学獣医学部動物資源科学科・准教授
業績の課題名 家畜に及ぼす熱環境の影響評価と対策技術の開発ならびに畜産分野へのICT導入に関する研究

業績の概要(受賞理由)

(1) 肉牛生産における熱環境の影響評価と対策技術に関する研究
気候変動に伴う熱環境変化による生産性低下が大きな問題となるなか、肉牛生産現場において温暖化適応策を実践するための技術情報は著しく不足していた。そこで、熱環境指標として温湿度指数(THI)に着目し、大規模な野外調査データをもとに解析することで、生産現場における子牛の生産性、雌牛の繁殖性に及ぼす熱環境の影響を明らかにした。子牛の生産性に対する熱環境要因として、THIと疾病発生件数、発症疾病との関係性を見出し、発育については、出生後3ケ月と4~6ケ月間で寒冷・暑熱に対する反応性に違いがあることを示した。これらの知見は、発育ステージに応じた適切な飼養管理対策(寒冷・暑熱)に寄与するものである。肉用繁殖雌牛における人工授精のTHIと受胎率との間に明瞭な関係性があることを明らかにし、THIが低い場合に受胎率が有意に低下することを示し、同様の現象を胚移植成績でも確認した。この要因として、寒冷時におけるエネルギー充足率の不足に起因する卵子の品質低下の可能性を示唆し、その後の経腟採卵による研究で寒冷時の卵子品質の低下を確認した。寒冷時の受胎率低下を報告した初めての論文であり、冬期における飼養管理の重要性が広く認識されることとなった。また、重要な肉牛生産基盤である乳牛の繁殖性に対する熱環境の影響評価についても研究を進め、夏季受胎率低下の現状と要因解明に取り組んだ。暑熱期の体温日リズムを再現した培養系で、暑熱負荷が卵母細胞の成熟に及ぼす影響を検証し、暑熱負荷によって核成熟とその後の胚発生を阻害することを証明し、酸化ストレスの関与を明らかにした。
(2) 畜産分野への情報通信技術(ICT)の導入に関する研究
我が国の肉牛生産においては、生産基盤強化を図るうえで繁殖成績改善、子牛の事故率低減および労働負担の軽減が重要な課題である。これらの課題を解決するため、早くから畜産分野へのICT導入に関する研究に取り組み、飼養管理の効率化を目的とした研究を展開してきた。大規模な繁殖履歴データを詳細に解析した研究において、分娩間隔が延長している繁殖経営では、発情発見効率を改善することが、分娩間隔短縮の近道になることと併せて繁殖管理の重要性を示した。そこで、中小規模経営でも導入し易い安価で普及性が高い発情発見装置を開発するとともに、当時では初となる繁殖管理用スマートフォンアプリを開発した。肉牛生産における分娩事故は、収益面だけではなく飼養者の精神面にも影響を及ぼす。さらに昼夜を問わない監視作業が大きな労働負担となっている。そこで遠赤外線カメラと画像認識技術の活用による分娩前兆候検出について検討を行い、非接触手法で肉用牛の分娩前兆候を検出できることを明らかにした。これは現在大いに注目されている畜産におけるICT導入の基本技術の一つとなっている。


氏 名 竹之山 愼一
所属機関・職名 南九州大学健康栄養学部・教授
業績の課題名 機能性に基づいた食肉の付加価値向上および持続可能な食肉生産に関する研究

業績の概要(受賞理由)

食肉・食肉製品は我々の食生活では必要な脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラル等の重要な供給源であり、これらの栄養特性、機能性に関する研究は最重要課題である。生活習慣病等との関連から健康に対して消費者に負の影響を与えがちな食肉・食肉製品において、機能性脂肪酸である共役リノール酸、食肉加水分解物における機能性向上に関する研究を行ってきた。さらに食肉生産における食品副産物の有効利用を目的として、食肉の栄養特性の研究について継続的に行っている。その研究は以下の(1)~(3)に大別される。
(1) 食肉・食肉製品の共役リノール酸に関する研究
食肉・食肉製品の摂取は、生活習慣病や肥満等との関連から、健康に対して負の影響を与えると考えられている。一方で、反芻動物の乳・肉中に見出された共役リノール酸(conjugated linoleic acid : CLA)が抗ガン作用等を有することが明らかとなった。いち早くCLAに注目し、その簡便な定量法を確立するとともに、食肉・食肉製品や乳製品中のCLA含量を報告した。それらの報文において、反芻家畜由来の食肉製品、乳製品にCLAは多く含有され、発酵や給与飼料の相違により含量が増減することを示した。
(2) 食肉タンパク質の機能性に関する研究
近年、タンパク質摂取が高齢者の運動機能低下の予防や、スポーツ選手の筋力維持、向上に繋がることから食肉由来タンパク質への期待が高まっている。直接タンパク質を摂取するのではなくタンパク質を酵素分解した食肉酵素加水分解物由来の機能性について研究し、DPPHラジカル消去活性、ACE阻害活性が上昇することを示し、食肉製品摂取が健康の維持増進に重要であることを示した。
(3) 食品副産物の給与により生産された食肉の品質に関する研究
食肉生産性や飼料自給率の向上、飼料コスト削減、さらに付加価値向上は、日本の畜産業が抱える恒久的な課題である。食品製造残渣等の有効利用による課題解決を目的として、南九州地域とくに宮崎県で多量に排出されるカンショ茎葉、ワイン搾汁残渣、ヘベス搾汁残渣、焼酎粕残渣の家畜飼料(エコフィード)化に勢力的に取り組んでいる。とくに、エコフィードの給与が肉質や肉の栄養特性に及ぼす影響について数多く検討し、それぞれの素材が飼料として利用可能であること、そして肉質・栄養特性等向上させる可能性があることを示した。